2021年10月2日土曜日

多様な価値観。

 物事を、こっち側の視点からだけではなく、向こう側の視点からもみてみる、ということを教えてくれたのは、18才で訪れた沖縄だったと思う。


それまで、「青い海、白い砂浜、南国の楽園」というイメージが強かった沖縄が、訪れてみたら、それもあるけれど、それとは全然違った正反対の側面もあった。


アメリカの基地が日常の中にあるし(基地内で働いている友人も普通にいるし、学生の頃の日雇いバイトで基地のフェスでホットドッグ売ったりした。うわ、アメリカのソーセージめっちゃでか!!って思ったりした。)、朝散歩に出かけた嘉数の展望台では、犬の散歩をしてた見ず知らずのおじぃが、「1978年7月30日に一斉に、それまでの右車線から、左車線に変更されたんだ。あの朝は忘れられない。道路の標識も全部変わったんだぁ」的なことを話してくれたり。


大学3年の時に出会い、入りびたるように通っていたコザ(沖縄市)では、より一層、その沖縄の複雑で多様な部分を、ひしひしと感じた。商店街を歩けば、かみんちゅのおばぁに呼び止められ、なんでこの人、斜め上を見て誰かと交信しながら、自分の個人的なことまで話してもないのにわかるのだろうとか、一方で同じ商店街で、米軍のお父さんが子供を商店街のイベントでちょっとした沖縄の小物の製作体験なんかをさせていたり。本当にチャンプルー文化。そんな感じだから、どちらか一方からしか物事を見るだけでは、到底やっていけない。日常が多様だから。多様な環境に順応しないと、生きていけないから。


そんなこともあり、どちらか一方の視点でものごとをみるのではなく、向こう側からの視点で物事を見ることの大切さを学んだ。


もっと、深い所で言えば、小学生の頃に、韓国の国立古宮博物館とか(そのころはまだ幼くて、その前日くらいに、洪水・浸水あとのかびくさい地下のスナックで、スナックのお母さんが教えてくれるキムチづくり体験で作ったキムチを持たされて、重くて文句を言っていた覚えしかない)、台湾の国立故宮博物院(でっかい、蒋介石の像と、確か、何時間か置きに衛兵が入れ替わる儀式みたいなのを見た覚えがかすかに。)や台湾の先住民族の村に連れってもらって踊りを鑑賞したり、という、両親に、小さいころに、色々な景色を見せてもらったことが、今の価値観の形成に影響しているのかも。感謝。






2015年12月20日日曜日

再会。



社会人1年目の終わりに、沖縄から北海道に転勤した。

その時に、北海道行きたいと思った理由はいくつかあるのだけれど、

(当時)この人が北海道の美瑛という街にいたから、というのも、

ひとつの理由で。

マコさん。

野外教育とか冒険教育とかが、専門の人。

自分が琉球大学の学生だった頃に、

たまたま北海道の三笠という街に2泊3日ぐらいで訪れるプログラムに参加して。

そのときの、現地でのコーディネーター役(当時)がマコさんだった。

それが出会い。

その時に、場の雰囲気を優しく温かくつくりながら、

段取りよく進めている姿を見て、憧れた。

ファシリテーションとか、場づくりとかに興味を持ったのは、

マコさんの影響かもしれない。

今日も久しぶりに会ったけど、やっぱりマコさんの周りには

温かい笑顔がたくさんあって。

相変わらずの雰囲気で。

ーーー

まだ北海道に転勤で住む前、

大学卒業直前ぐらいの時に、

マコさんを訪ねて冬の美瑛に行った。

旭川で拾ってもらって、回転寿しごちそうになって、

たしかそのまま居酒屋に連れてってくれて、

ナウシカとか商店街とか、正義って言葉が意味分からないです、

みたいなことで、3時間くらい(自分はお酒飲んでて、マコさん運転あるからシラフ。笑)、話を聞いてくれて。笑

その居酒屋から美瑛のマコさんの家までの帰りの車の中で

ブルーハーツの夕暮れが流れてて。

ーーー

マコさんに出会って、

冒険教育っていう言葉を知った。

いまだにちゃんと理解できていないかもしれないけど、

自分が安心していられる環境から一歩踏み出して(冒険)、その中で様々な経験をすることで、

自己肯定感を高めることだったり自身の成長を感じることだったり。

答えのない中で、どう判断して、行動していくのか。的な。

そんなことを考えてたら、西村佳哲(にしむらよしあき)さんのblogにこんな文章があって。

” 自然学校には、大きく2つの軸があります。環境教育と、冒険教育。もちろん両方あるんだけど、くりこま高原自然学校の軸足は後者です。
 前者は自然について学ぶ。後者は、学ぶ環境が自然なんです。たとえば子どもたちと一緒に川で泳ぐとしますよね。「いつも泳いでるプールと、この滝壺。何が違う?」って、「危ない目にあわずに遊ぶには、どうしたらいい?」ってきく。
 すると子どもたちは、全部自分で決める。「この先では泳がない」「一人で行かない」「石を投げない」…川に行くと石を投げたくなるんだね(笑)。「んじゃ、それ守って遊ぼう!」って。
 自分で考えて、判断して。リスクを取りながら動いて、その結果でまた考えて。全人格的な成長のための環境として、野外や自然を捉えています。
 成長っていうのは、自分が安心していられる領域が広がることです。広がるためには、快適で馴染みのある領域から、少し外に出てみないとならない。冒険が要る。
 けどそこには未知で、容易ではなくて、あらかじめ保証のない世界が広がっているわけです。”

ーーー

とまあ、そんな感じで。

久しぶりに会えて嬉しかったという話。笑



2015年10月10日土曜日

コザの街

久しぶりの更新です。

久しぶりにコザの街に帰ってきました。

思い出が、たくさん、たくさん、詰まった街。

今日も、あの時と同じように、コザの街の屋上からの景色を眺めてる。


夜の風にあたりながら。

なんだろう、自分にとってコザの街は、本当に特別な場所で。

この街の空気を吸うと、なんだか、自分に戻れる気がする。

そんな不思議な場所。








2015年3月9日月曜日

黒松内にあるぶなの森自然学校に行ってきました。

この土日は、札幌から車で約3時間、黒松内にあるぶなの森自然学校に行ってきました。

NPO法人ねおすが主催する「子ども達のための自然学校『イエティくらぶ』」に、ご縁を頂き、参加させて頂きました。

■子どもの自然体験活動イエティくらぶ

まだ、雪が残る北海道の道。


黒松内ぶなの森自然学校は、廃校になった小学校(元作開小学校)を活動の拠点にされています。

”1999年に開校した「黒松内ぶなの森自然学校」は、酪農地帯の北海道黒松内町南作開の生涯学館(元作開小学校)を拠点に活動を展開しています。

2003年、運営コンセプトに「地域と共に」というキーワードを加え、「交流」と「教育」=ツーリズムの拠点となるサイトづくりを目指し、笑顔と子どもの歓声あふれる地域繁栄に貢献します。 

そして、勝組・負組、上流・下流と分けられるようなグローバリズム経済に翻弄されることなく、自然の中で心豊かに過ごせるコミュニティづくりをめざしています。”

(黒松内ぶなの森自然学校HPより http://www.d2.dion.ne.jp/~buna_ns/ )


1日目(土曜日)は、参加者同士で簡単に自己紹介など始めのオリエンテーションを行い、

車で少し行ったところにある歌才地区の森で早速スノーシューを履いて、雪山探険。

参加者は下は、小学校低学年の子供から、上は地元のご年配の方まで。

雪山を歩きながら、木の種類のことや、この葉っぱをつかってこういうものが作れたりとか、

何十年も使い続けられている手作りかんじきの作り方とか、

そんな話を聞かせてもらいました。


キハダ の樹皮。とっても綺麗な色でした。

自然の色合い。黄色い部分を少しなめてみるととても苦かったです。笑 

ただ苦いだけでなく、胃腸薬などにも用いられるとか。

キハダ 


昔、人為的に植えられたトドマツの木。

歩いていてふと横をみたらまっすぐに並んでてビックリ。


森の中でも、子供達が木のツタで自然のブランコを楽しんだり、

雪山を登って、自然の滑り台をすべったり。

ゆっくり遊びながら、2時間ぐらい散策して、ぶなの森自然学校に戻って、

みんなで夕食づくり。


2日目(日曜日)は、土曜日とはまた違った場所で、ミズナラの巨木に会いに森を散策。

スタート地点は海と山が見える丘。



誰の足跡もついてない雪の森の中には、

うさぎやキツネの足跡がくっきり残ってました。





10分ほど歩いたところに現れた巨大なミズナラの木。

昔は、この辺り一帯、もっともっと木々が生い茂った深い森だったとか。

それが、人間がどんどん伐採して、今は新しい木が生えてるのだとか。

でも、このミズナラの木は、切られずにずっと昔から生えてる。

木の幹に手をあててみると、何か伝わってきそうな、そんななんともいえない、

神々しさがあって。


そんな木に、登る。笑 ごめんなさい。 でも、楽しかった。


雪を固めてブロックつくって、イグルーをつくってみたり。


そんなこんなで、あっという間の1泊2日だった。

すみません、自分はだいぶおおまかに振り返ってしまったのですが、

こちらに、スタッフさんが更新しているちゃんとしたレポートが。笑

ぜひ。

1日目(土曜日)
イエティくらぶ黒松内校 3月例会 雪の里山たんけん!

2日目(日曜日)
イエティくらぶ黒松内校 3月例会 雪の里山たんけん!2日目


・・・

黒松内からの帰り道に見たニセコの羊蹄山。

北海道に来てから、とっても単純だが、スケールのデカい自然を見て、

やっぱり自然は偉大だなって、改めて思う。



そして、定山渓で豊平峡温泉にも寄って。


改めて、

自分で足を運んで、実際に体感して、

その時その場所で感じることを大切にしようと思えた、

1泊2日でした。

やっぱり、自然の中で過ごす時間は良いものです。

感謝。

2015年3月1日日曜日

「いま、地方で生きるということ」を読んで思ったこと。※2013年8月18日に書いて長らく”下書き”のままだった日記。





なんとなく、自分の中に、

東京(都会)が嫌いで、地方(人が少ない場所っていうと語弊があるかもしれないけど)が好きっていう感覚があって。

それは、なんでなのかは、はっきりとは未だによく分からなくて。

でも、なんかそのモヤモヤに対して、少し、ヒントが見えたような気がして。

この本を読んで。

「いま、地方で生きるということ」 西村佳哲(著)
http://www.mishimasha.com/books/chihou.htm

・・・

・「東京」というモノサシををはめるんじゃなくて、それぞれの地域の「モノサシ」でいいじゃないか的な。

「東京」という街がどういうモノサシで幸せや成功が計られているのかはよくわからないけど、
なんとなく、感覚的なもので、色んな地域で目標にされているのが、「東京」的なことじゃないのかなって。
ちゃんと説明できないんだけど、雇用がたくさんあって、経済がまわって、お金的な余裕がなるべく多くの人にあって。
とにかく、まず「お金」があること。
これが、だいじなこと。
ってそういう価値観。
(そうじゃない人もたくさんいると思う。あくまでも自分が高校卒業まで埼玉の蕨っていう東京のベッドタウン的な場所で暮らしてて感じた超個人的な主観。ていうかそもそも東京のベッドタウンっていう捉え方があれなのかも。。。)

誰が?っていうわけじゃなくて、「東京」って捉えてしまった時に、なんかそんなことを感じるなって。
とにかく仕事して、とにかくお金を稼いで、それで幸せに暮らす。的な。
それもいいと思う。

一方で、田舎で全然お金ないけど、自分で作ったとってもおいしい野菜を食べて、海で釣ってきたばかりの新鮮なお魚を食べて、

色々相談し合える昔からのご近所さんがまわりにいて。

東京の、ソレだけが「モノサシ」じゃないと思ってて。

あくまでも、それもあっていいと思う、という部分は強調したくて。

でも、

そうじゃないこともあっていいと思う。

というかそうじゃないことに、もっと自信を持っていいと思う。

っていう部分かなって思って。

そういうことをこの本を読む中で、感じて、実際に、それぞれの価値観(モノサシ)で、生きている人達が登場して。

別に、都会⇔地方、どっちがいいとかではなくて、

あまりにも、都会(東京)への憧れか、なんかよくわからないけど、

東京=正解みたいな。。。

でも、自分たちの住んでいる足下を照らしてみたら、たくさんいいものあるって。

それは都会も含めて。

そうすると、自分がその土地に住んでいることに自信が持てて、そうするとその土地が好きな人が増えて、

自分が好きな場所だから、よりよくしていきたい、よりよい街にしていきたい、とも思うと思うし。

そうしたらそこでの暮らしって豊かになると思うし。

そういう意味で、東京(都会)=かっこいい、田舎=なんかちょっとださい、っていう、東京がモノサシになっている価値観を一回外してみて、

(そういう価値観じゃない人もたくさんいると思うけど。)

自分たちにとっての幸せってなんだろう的な、ことを考えてみるのが、地域がより良くなっていくひとつの手段になりえるんじゃないかと思って。

そういうヒントを、この本の中に出てくる人のインタビューや、著者の西村さんがインタビューを通して感じて行くことを読みながら追体験していくことで、

(余談だけど、この読者に追体験させていく。という構成、すごいいいなと思う。)

もらえたような気がして。


色々感じることはあったけど、

最後の三島さんへのインタビューの文章の、

本当に最後の部分が、一番印象的だった。

”自分たちの場所を自分たちでつくっていく”というあたり。

自分たちのモノサシで。


多様性っていうのが自分の中で結構深い所でテーマにあって、

その上に、地域がよりよくなっていくとか、自分たちらしい暮らし、とかがあって。

一番深いところには、当事者っていうのもあるかも。

・・・自分が自分にとっての当事者になりきれていないって感じる部分も多々あるし。


本の中にでてくる、冒険教育の分野の話しも興味深かった。

不確実性に向かって行く、強さだとか、心持ちだとか。



最近色んなとこで、目にしたりするけど、

こっちかこっち、っていう極端な二項対立を議論したいんじゃなくて、

その間にある、今までちょっとこっちにより過ぎてたかもしれないけど、もう少しこっちでもいいんでない?的な、

そんなようなことがあちこちで起こり始めてたり、

もっともっと増えて行くと、

なんか面白くなりそうで。。。

そういうのを増やして行く、ようなことがしたいなって、

たぶん根本の部分では昔から変わっていない部分があって。





決して、地方で生きることが幸せとか、地域へ移住とかを促すような本では全然なくて、

いま、地方で生きるということ ってどういうことなんだろうっていうのを考える行為を通して、

自分の生き方だったり、今の自分の環境を見つめてみようっていうような本な気がして。

だから別に東京=悪、地方=良、とかでは全然ないのもいいなって思う。


・・・


って色々書いたけど、ただ単に「東京的なもの」っていう敵をつくって、

自分の意見を肯定したいだけなのかも。

自分の中で。

そういう矛盾もあるな。

考えるより実践だね。

でも、時には考えるのも大事だと思う。的な。

難しい。


・・・


大きいものが正しいって、でかいものにまかれるんじゃなくて、

じぶんたちのいいっていうものを信じて、それを肯定していく強さっていうか、


そういうのって素敵だと思う。




2015年2月10日火曜日

いまさらになって。


今まで気づかなかったけど、この曲にでてくる「僕」と「君」は、同一人物なのではないかと思う。ヒロト自身が、自分自身(ヒロト自身)に言い聞かせたくて、伝えたくて、このうたをうたってるのだと思う。愛の意味を知ってくださいとか、決して離しはしないとか、自分自身が自分自身のことを見捨ててしまわないように、自分自身に向かってうたっているのではないか、と思う。今は、そういう解釈をしたい気分。




2014年12月1日月曜日

みそ汁とごはん。

みそ汁が好きだ。

本当だったら、出汁を丁寧にとったみそ汁なら

とってもとっても美味しいのかも知れないけど、

お湯を鍋いっぱいに沸かして、

その中に具(野菜が多い)をいれて、

煮立ったら味噌をいれて。

それで出来上がり。

そんなのでも美味しい。

でも、

そのうちちゃんと出汁をとったみそ汁を作ってみたい。

きっとそれだけで幸せになれる。

気がする。

みそ汁とごはんでいいと思う。


2014年11月30日日曜日

丁寧な仕事


今日、昼に食べたパン。

めっちゃうまかった。

名前も知らないパン屋さんだけど(新しい)、

めっちゃうまかった。


UVA PASSA ウーバ パッサ
自家製の天然酵母にレーズン、グラハム粉、卵、胡桃のパン。
濃厚で奥行き深い旨みがあります。
肉のパテ、鴨肉などによく合います。
賞味期限3-4日

(お店のHPから)

食べてると、丁寧な感じが伝わってきて。

丁寧な仕事っていうのは、それを受け取る人、受け取った人を、

元気にしたり、幸せにしたりすると思う。




okinawa

もう

1ヶ月くらい前になるけど、

10/31、11/1、11/2で沖縄に行った。

沖縄に行ったのか、帰ったのか。

行ったっていう感じの方がなんかしっくりくるようになってきた。

11/2に大学の同級生の結婚式があって。

それで久しぶりの沖縄。

ー10/31ー



前日、関空で寝て、朝一の便で沖縄に。

関空は20歳の時に、めっちゃ不安な気持ちと、めっちゃわくわくした気持ちのまま、

オーストラリアのワーホリに旅立った空港だからいつきても、その頃の気持ちをちょっと

思い出して、なんか思い出深い場所。

沖縄について、学生時代に住んでた街、宜野湾の嘉数の見晴らしの良い場所にいって、

久しぶりの風景を眺めて、



学生時代にお世話になった人達のところにちょっと寄って、

そのまま与那原にある民宿アガイ浜(GuestHouse agaihama) へ。

自分が沖縄に住んでた頃はメインの一棟だけだったけど、

今回行ったら、別棟(古民家)が増えてた。

一緒に掃除ちょっと手伝いながら、子供生まれたよ〜なんて話聞きながら。






昼過ぎくらいに、アガイ浜を出て、

そのまま沖縄本島の北へ。


途中、恩納村でちょっと寄り道して、

中学校脇の小道から入ってく自然のビーチへ。

好きな場所。

やっぱり、沖縄の海の色好きだ。

とっても落ち着く。



そして、

そこからさらに

目的地の伊江島までのフェリーがでる沖縄本島北部の港、本部港へ。

本部港行く途中で、伊江島のタバコ農家でアルバイトしてた頃に

お世話になった親方(たかしさん)に

連絡とって、

そしたら、俺たちも今日本島でてきてるから、港で会って一緒のフェリーのっていこう、

ってことになって。

で、ゆっくり久しぶりの沖縄をドライブ。

なんだかやっぱり、見慣れた景色。色々となつかしかった。

本部港について、たかしさんと船の中で合流。

5年ぶりに会ったけど、そんな気がしなくて。

なんだか、なつかしかった。

それで、島で漁師の人に挨拶行くって言ったら、カブを貸してくれて。

久しぶりの伊江島をあの頃と乗り物変わらず、カブでぐるっとまわる。


本部港の風景。


船のデッキで浴びる潮風が気持ちよかった。


だんだん近づく、5年ぶりの伊江島。



島での移動は、たかしさんに借りたカブ。


伊江島のビーチから見る夕暮れ。


なんかハワイみたいって思った。

ハワイで夕暮れみたことないけど。笑



伊江ビーチのBBQ場で、

とってもお世話になった伊江島の漁師の古堅さん

久しぶりの再会。


伊江ビーチから見える対岸の沖縄本島の街の灯り。

島で働いてた頃は、夜とか、この風景見て、

ちょっと本島に帰りたくなったりしてた。笑

そして、そのままたかしさんのとこの倉庫で乾杯。


久しぶりの倉庫で飲む。

島で働いてた頃は、

毎日この場所で飲んでた。

仕事終わって、気づいたら、

そのままゆるり飲み会になってるみたいな。

毎日。

それで、刺身とか、お肉とか、

島の人が差し入れで持って来てくれたりして。


泡盛は今帰仁酒造のふるさと。


途中で、たかしさんがハブを捕まえてきた。笑


湿った暖かい夜にはハブがでる。


袋にいれて、冷凍庫へ。

役場か何かに持っていけば、いくらかで買ってくれるらしい。


この風景。変わらない。ここで働かせてもらってた頃と。

倉庫という名の団らん場所。

残るも帰るも自由。

ぽつりぽつりと人が入れ替わり立ち代わりやってくる。

素敵な場所。

その日は12時くらいまで飲んで、

最後は倉庫の目の前のスナック行って、

まったり飲んで解散。

ー11/1




朝8時くらいに目が覚めて、

昨日会えなかったおじぃに会うためにおじぃの家へ。

おじぃともほぼ5年ぶりだと思うけど、元気そうだった。

良かった。

まぁゆっくりしてきなさい、ということで


おやつにドラゴンフルーツがでてくる。

冷蔵庫の中から缶のコーラがでてくる。

こんな雰囲気、好き。


ドラゴンフルーツ、さっぱりしてて美味しかった。

そういえば初めて伊江島きた時も、

木になってたバンシルー(グァバ)とって、食べて、美味しかったな。


それで、おじぃが車を貸してくれて、

今度は車で島をまわる。笑


伊江島タッチューへ。



登る。10分くらいで頂上へ。


他に高い建物がないから、

島を360度見渡すことができる。

好きな場所。



向こうに見えるのは沖縄本島。


島の風が気持ちよかった。


11月なのに、まるで夏みたいな暑さで。






そのあと、おじぃと合流して、

お昼。

本当は13時くらいのフェリーで島を出ようと思ってたのだけど、

16時便でもいいじゃないか、みたいな感じになって、

結局予定変更。

まぁ、最初からあってないような、予定だし。

おじぃと島の駅で昼ご飯。

伊江牛の牛汁定食。

めっちゃお腹いっぱいになった。



そのあと、おじぃとぶらぶら島巡り。



島の北側にある湧出(ワジー)


ここでもやっぱり、海の色にひきこまれてしまって。

めっちゃきれいだなって。


ワジーの下の方に降りて、

ワジー(水が湧き出てる)から水をくみ上げてるポンプの前で、

こっちは日本の、こっちはアメリカ軍の、って説明してくれた。


おじぃが中学生の頃とかは、

この岩場で一晩キャンプして、

翌朝、朝一で、魚を採りに行ったりしたらしい。


向こうに見えるフェンスのあっちはアメリカの基地内。



港では民泊の生徒たちの見送りの真っ最中。





何年か経って、民泊で泊まった子達が

伊江島にふらりと遊びにくることもあるとか。




倉庫で1枚。

そろそろ帰りのフェリーの時間が近づいてた。


次来るのは何年後だろう、それとも案外すぐか。









本部港について、

次の目的地は、

車で30分くらい、今帰仁村にある

運天港。

伊平屋島や伊是名島へのフェリーがでてる港。

そこで、その日たまたま、

今帰仁、伊平屋、伊是名の3村合同のお祭りがあるよ、

って聞いて、そのままその会場へ。


琉大出身の若い人がステージで落語をしてた。


沖縄で一番売れているアイス、っていう看板、なんかいい。


ドラゴンフルーツのサーターアンダギー初めて見た。


クワン草入ジューシー。ジューシーなつかしい。


ステージでは青年会のエイサーも。


伊是名島の尚円太鼓。迫力があって、かっこよかった。

なにより、楽しそうに、みんな自信に満ちた良い顔で

太鼓を叩いてたのがとっても印象的だった。

自分たちの地域の文化を誇りに思えるって

とっても豊かなことだと思う。



最後はカチャーシー。


手作り打ち上げ花火。

会場からは「がんば〜れ〜、がんば〜れ〜」という

花火に向けた声援が。


みんなで花火。11月だけど、夏みたい。


綺麗だった。

お祭りが終わって、

運天港を出たのが、夜の9時ぐらい。

そこから、宜野湾の会社の同期の家へ。

2時間半くらいで着いて、その日は泊めてもらって、

就寝。

ー11/2ー


朝、

首里城のイベントに向かう同期を見送り、

北谷へ。


トロピの近く。


北谷のアラハビーチ。

思ったんだけど、

沖縄で行く場所行く場所、やっぱり思い出がある。

18才〜24才くらいを過ごした土地って、

やっぱりなんだか特別だ。


この日も海はすごい静か。べた凪。



さんぴん茶に、グァバ茶に、汗をかいてる自販機。


そして、大好きな北谷の少し北、砂辺の海岸へ移動。


海沿いのアパートから、

若い女性と男性が英語で会話(ちょっとケンカっぽい)する声が聞こえて来たり、

ぼーっと海を眺める日本か沖縄のおじちゃんもいれば、

犬と一緒に散歩してる人達や、

ランニングする外国の人達もいたりして、

ここの雰囲気も好き。








そして、

そこからコザ(沖縄市)の銀天街へ移動。


誰にも連絡してなかったけど、

たまたま会いたい人に会えた。

今回も。

ちょうど仲田さんがブルーシートを畳んでて、

それを手伝って。


大好きな場所、コザの街。銀天街



足場の上に、そうくん発見。


巨大な壁画を何人かで描いている。


















大好きな街、コザ。

そんな2泊3日の沖縄の旅。