2014年11月24日月曜日

道東(ら辺)ぶらり旅。

blogに書こう書こうと思って、気づいたら2ヶ月経ってしまった。

9月11日、12日、13日、14日、15日の4泊5日でレンタカーを借りて、

道東中心にぶらぶらしてきた。

去年は道北だったから、今年は道東へ。

というか、道東あまり行ったことがなく、色々見て回りたかったから。

■9月11日(木) 札幌→帯広→釧路→阿寒

札幌を朝の9時ぐらいに出て、そのまま帯広へ。(札幌→帯広間は約200キロ)

帯広の少し手前の新得町が最初の目的地。

共働学舎新得農場。

今回はカフェレストランみたいな場所でちらっとチーズを買っただけだったけど、

色んな個性を持った人達が集まって暮らしている場所。

次来る時は、もうちょっと色々な話を聴いてみたいな。




そのあと、
十勝川温泉に行ったことがなかったので、
ネットで情報を探して、
十勝川温泉の丸美ヶ丘温泉ホテルへ。
料金が安かったから、、、という理由で選んだのだけど、
とってもよかった。
浴場は広々としていて、温泉も気持ち良くて。
お客さんほぼ、地元の人だったから、いいとこなんだはず。



温泉をでて、そのまま釧路へ。(帯広→釧路間は約120キロ)

釧路についたのが夜の20時くらいだったかな。

つぶ焼きのお店に2件行った。

1件目で、つぶと卵かけごはん食べて、

2件目で、もう一回つぶと今度はラーメン食べて。笑

目の前で大量のつぶを大将が手際良く焼いていて、臨場感たっぷり。

大将が一個サービスしてくれたのが嬉しかった。






そして、さらに、翌日オンネトーに朝一で行くために、
釧路からさらに移動して、その日は結局阿寒の道の駅で就寝。笑

■9月12日(金) 阿寒→釧路湿原→中標津(カフェ、温泉)→根室

朝6時くらいに外の明るさで目が覚めて、
そのまま阿寒の道の駅から60キロくらいのオンネトーという湖へ。



オンネトーについて、
少し周辺の森を散歩。


自然ってすごいなって思った。












で、ぐるっとオンネトーの周り散策して、
阿寒の温泉街へ。
ちょうど地元のお祭りをやっていて、にぎやかだった。



そのまま、釧路湿原へ。
釧路湿原には以前も来たことがあるんだけど、
細岡の展望台には初めて行った。
こっちの方が湿原を見渡せて、好きな感じだった。


さらに、移動して、中標津の農家レストランへ。
「佐伯農場 レストラン牧舎」へ。


自家製カッテージチーズのフライをトッピングしたカレー。


牧舎風ポテトグラタン



牧舎を後にして、中標津養老牛の温泉へ。
今回入ったのは、湯宿だいいち。
川沿いに露天風呂があって、自然を近くに感じれて気持ちよかった。


さらにそこから根室へと移動し(中標津→根室は約100キロ)、
夕飯を根室のカウンターの真ん中に囲炉裏がある
なんだか不思議な雰囲気の居酒屋で。
鮭のめふん(鮭の腎臓の塩辛)、初めて食べた。
お酒と食べたら美味しそうだなと思いながら、
車移動なので我慢。




そして、その後、寝るとこを探して、少し根室駅周辺をふらふら。
それで見つけた根室駅のすぐ近くにある喫茶店に入ってみた。

この喫茶店が面白かった。
喫茶店と居酒屋とスナックの中間みたいな感じで、
自分たちの前に一人(だったかな?)旅人っぽい人がお客さんで入ってて、
カウンターでお店の人と話してて。

その話を聴きながら、
頼んだコケモモのジュース飲みながら、
まったり。
で、北方領土の話だったり、
もっと地元の若い人達が地元の歴史とか魅力を知って誇りに思わなくちゃ、、、
みたいな話をしてて、
帰り際お会計の時に、
話横で勝手に聴いてたんですけど、
とっても面白かったです、的なことをお店のママに伝えたら、
そこからばーっと色々北方領土の話とかさらにしてくれて。

とっても興味深かった。

雰囲気とかはちょっと違うけど、
なんか沖縄で沖縄の基地の話を聞いてるのと
なんだか似たような感じで。
札幌に住んでると同じ北海道でもあんまり北方領土の話とか日常の中で出てこないから、
なんだか、やっぱり現地に行って、
その土地の空気を吸ってみるのって大事だなって思った。



で、本当は納沙布岬(離島を除くと日本の本土最東端)は
今回は行かなくていいかみたいな話をしてたんだけど、
その喫茶店のママに根室まで来たんなら絶対行った方がいいよ、
岬から北方領土の島もすぐ見えるし、
絶対行っときなさい、って言ってくれて。
なので、その日は結局納沙布岬で寝ることに。

■9月13日(土) 根室→春国岱(しゅんくにたい)→野付半島・トドワラ→知床羅臼→知床ウトロ→屈斜路湖

朝起きて、岬を少し散歩して、

そのまま次の目的地へ。




途中、根室のコンビニ(?)スーパー(?)でびっくり。
函館で見た、函館にしかないと思っていた
焼き鳥弁当が売ってた。
思わず、買ってしまった。
コンビニなのに、オーダーが入ってから焼き鳥焼いて
ホカホカのできたてを作ってくれる。
そのシステムも函館のそれと変わらなかった。



この日、最初の目的地、根室の入り口にある春国岱へ。
平原というのか、湿原というのか、湖というのか、
なんだか不思議な場所だった。
で、枯れたのか、なんなのか、木の残骸みたいなのが、
ゴロゴロしてて。
でも、なんかいちいちスケールがでかくて。







そして、次の目的地、野付半島のトドワラへ。(根室から野付半島は約100キロ)

北海道来たばっかりの頃に、
一緒のアパートに住んでた人が、
トドワラってとこいいよ、
って教えてくれて。
ずっと行ってみたいと思っていた場所。

簡単に言うと、トドマツの枯れ木群、っていうことになるのかな。
正直なかなかアクセスしにくい場所だとは思うけど、
観光の人、結構いた。
観光バスも何台か停まってて。









さらにそこから、知床方面へ。
久しぶりの羅臼。
1年半ぶりかな。。。
1年半前は羅臼に移住もちょっと考えてたり。
とってもお世話になった人の場所に久しぶりに顔出して。
久しぶりだったけど、相変わらず、とっても温かかった。


そして、初めて羅臼からウトロへと続く、
知床横断道路を通って、知床のウトロ側へ。
羅臼には今まで3回ぐらい行ったことあったけど、
ウトロは初めて。
知床五湖のトレッキングコースみたいなのを歩いて、
オシンコシンの滝でサーモンチップ試食して、お土産に買って、
知床グランドホテル北こぶしで日帰り温泉に入って。



途中、知床五湖のトレッキングコースで見つけた
エサやりがクマを殺すっていう看板。

目の前には知床の大自然が広がってたけど、
それよりもなんかこの話にグッと来て、
しばらくぼーっとしてしまった。




そして、そのまま夜、屈斜路湖まで移動。
ウトロから屈斜路湖までは130キロくらい。
この辺からだんだん距離感覚が麻痺してきた。
ウトロを夜の19時ぐらいに出て、
屈斜路湖の津別峠の展望台に着いたのが
夜の23時くらいかな。
そしてそのまま就寝。

■9月14日(日) 屈斜路湖→神の子池(清里町)→摩周湖→網走→美瑛→富良野

朝起きて、展望台に登って、屈斜路湖の朝日を。

本当は、雲海が見たかったんだけど、この日は雲海は発生せず。

でも、綺麗だった、朝日。







そして、以前三香温泉に泊まった時に宿主の三上さんが連れて来てくれた
屈斜路湖の湖畔にあるワイルドな温泉露天風呂。
入りはしなかったけど、
朝ここにつかってゆっくりしたら最高に気持ちいいだろうなと思いながら、
神の子池へ。




そして、朝9時ぐらいには清里町の神の子池へ。
不思議な青い色の小さな池。






さらに、裏摩周展望台へ。
真っ白で何も見えず。笑


網走へ向かう途中、小清水の道の駅で巨大なズッキーニを買った。


駅舎の中に雰囲気のある喫茶店が入ってる北浜駅。



網走の大学に行っていた友人に教えてもらった、
お店で昼食。
ラーメン専門店って書いてあるけど、
食べたのはいくら丼と海鮮丼だったかな。
カウンターに座って。
家族でやっていて、
なんかたぶんご兄弟なんだろうけど、
カウンターに立っている人と、
のれんの奥から声だけ聴こえてきてお椀にごはんをいれて持ってくる人と、
なんだかそっくりで面白かった。
せんとちひろの世界みたいな。笑


昼食を食べたあと、
網走にある「北海道立北方民族博物館」へ。
アイヌの衣服がとっても綺麗だった。
クマ=カムイ(神様)という考え方もとっても興味深かった。

”冬の終わりに、まだ穴で冬眠しているヒグマを狩る猟を行う。冬ごもりの間に生まれた小熊がいた場合、母熊は殺すが(その際前述のカムイ・ホプニレを行う)、小熊は集落に連れ帰って育てる。最初は、人間の子供と同じように家の中で育て、赤ん坊と同様に母乳をやることもあったという。大きくなってくると屋外の丸太で組んだ檻に移すが、やはり上等の食事を与える。1年か2年ほど育てた後に、集落をあげての盛大な送り儀礼を行い、丸太の間で首を挟んでヒグマを屠殺し、解体してその肉を人々にふるまう。
宗教的には、ヒグマの姿を借りて人間の世界にやってきたカムイを1、2年間大切にもてなした後、見送りの宴を行って神々の世界にお帰り頂くものと解釈している[2]。ヒグマを屠殺して得られた肉や毛皮は、もてなしの礼としてカムイが置いて行った置き土産であり、皆でありがたく頂くというわけである。”






そして、13時くらいに網走を出発して一路美瑛へ。
(網走→美瑛間は約210キロ)

美瑛で、ずっと行ってみたかった場所「美瑛ファーム」にぎりぎりセーフ。







そして、そのまま、富良野の知り合いのお家で夕飯をごちそうになり、
翌朝に備えて移動して就寝。

■9月15日(月)最終日 トマム→札幌

最終日は、トマムの雲海テラスへ。

見れる確率は60%ぐらいだったけど、雲海、見れた。

朝の5時くらいにゴンドラで登って、

日の出をテラス(山の上)で迎えて、

そのまま片道30分くらいで行けるトマム山の頂上へ。










そして、最終日はまったりゆっくりへろへろになりながら、
午前中には札幌に戻って来た。

そんな4泊5日の道東(を中心にの)ぶらり旅。

2014年10月26日日曜日

ボルシチとサハリン(樺太)@とものいえ

昨日は久しぶりに恵庭の村上さんの家(とものいえ)へ。


とものいえにお邪魔する度に村上さんが淹れてくれるコーヒー。


ボルシチにいれるビーツの赤が染みたまな板。


赤色が鮮やかなビーツ。



軒先には営農予定表に書かれた今日のイベント名
「カーチャの暮らした樺太@とものいえ」。


畑で採れたジャガイモ。
オーブンで焼いたのを頂いたのですが、
とっても美味しかったです。



古い農家さんの家をリノベーションしたとものいえ。





薪(まき)ストーブの上で、ぐつぐつとじっくり煮込まれた
ボルシチ。



大きなテーブルを囲んで、
みんなで「いただきます」。



赤ちゃんから年上の先輩方まで、
幅広い年齢層。





サハリンの映像(動画)と写真をみんなで見て、
後は思い思いの時間を過ごしました。

とっても素敵な空間と時間でした。

2014年10月22日水曜日

大切にしてること。


来月、11月9日の日曜日に、NPO法人モンキーマジック代表の小林さんという

視覚障害のフリークライマー世界チャンピオンの方を札幌にお迎えしてワークショップをやる。

2014年11月09日(日) 開催
小林さん、クライミングの魅力って何ですか?

ので、

なんでこのワークショップをやることになったのかと、自分が今考えてることの整理も含めて、

文字に起こしてみる。

・・・

元々、小林さんと初めてお会いしたのは今年の4月にオオドオリ大学で小林さんに先生をしてもらった、

ドリ大の授業がきっかけ。

「見えないフリークライミングの世界」を見てみよう。(とっても素敵な授業レポート。)

そのちょっと前にFacebookで、視覚障害の人も晴眼者(目が見える人)の人も一緒に楽しめるクライミングスクールをやってる

モンキーマジックっていうNPOがあるって、知って。

で、なんとなく、これなんだろ〜って興味を持ってたら、

小林さんが札幌に来る機会があるんだけど、ドリ大で授業してみない?

みたいな感じでたまたま直接知り合う機会をもらって。

(たまたま、小林さんが、自分が北海道でとってもお世話になった人の友達だったっていうことも大きかったかも。)

それで、初めて出会ったのが、そのドリ大の授業の日の午前中、

東札幌のNACであるクライミング体験の前に、

地下鉄の駅で待ち合わせした時。

・・・

それまで、視覚障がいを持った人とあまり接する機会がなかったから、

どんな感じで接したらいんだろう、とか、ドキドキしてたんだけど、

出会ってすぐ、そのドキドキは消えて、あぁ目が見える人と何も変わらない、

って思った。

もちろん目が見えないハンデはあるけど、別にだからって、

それをマイナスっていう風に捉えるのではなく、ありのままを受けいれてる強さというか。

で、いざクライミングの体験を始めてみると、本当にこの人目が見えてないのかな?

って思うくらい、なんだろう、慣れているというか、堂々としているというか、

在り方というか、なんか、別に目が見えないとか目が見えるとか関係なく、

一人の人として、なんか目の前の小林さんという存在がとってもまぶしかった。

で、自分が初めてのクライミングで、壁に登れなかったりしても、

じゃあちょっと見ててください、コツがあるんです、みたいな感じで、

いとも簡単に(簡単に見えただけなのかな?)、すらすらと壁を登っていく小林さん。

もちろん、目は見えないから、手探りで壁についてるホールド(石のようなもの)を探り探しながら。

・・・

と、まぁそんな出会いで。

で、その日は夜の懇親会まで一緒だったから結局午前中のクライミングから夜の懇親会まで、

一緒の時間を過ごさせてもらって。

・・・

冒頭にのっけた小林さんの動画でとっても好きな部分がいくつかある。

いくつかあるけど、一番好きなのは、16:20くらいからの、

小林さんの言葉。

一緒にクライミングをしようっていう。

そんな風に言われたら、なんだろう、したくなっちゃうって。

別に、なんにも、難しいことはなく、楽しいから一緒にやろうよ、みたいなメッセージ。

そんな、在り方がとっても素敵だなって思う。

ぜひ、一度見てみてください。


■小林幸一郎さんプロフィール

1968年東京生まれ。
大学卒業後、旅行会社、アウトドア衣料品販売会社などを経て、33歳で独立。
16歳(高校2年)でフリークライミングと出会う。
それまで全く運動をしていなかったが、さまざまな環境の変化の中でもこのスポーツを止めたことはなかった。
28歳のときに眼病が発覚、将来失明するという診断に失意の日々も送るが、
その後さまざまな出会いから現在の活動を開始。
第一回障害者クライミング世界選手権、視覚障害男子の部優勝。
視覚障害者へのフリークライミング普及活動を行う「NPO法人モンキーマジック」代表理事。 

・パラクライミングカップ(ロシア)2006 視覚障害クラス優勝 
・イタリア世界選手権2011 B2クラス優勝 
・視覚障害者クライミング日本選手権2013,2014 優勝 
・パラクライミング世界選手権(スペイン)2014 視覚障害B1男子 優勝

■NPO法人 モンキーマジックについて 

2005年8月NPO法人認証設立。
スクールやイベントを通じ、視覚障害者を主な対象としたフリークライミングの普及活動を行う。
様々な交流を生み出し障害者理解やその自立支援の実現を目指しています。 

NPO法人モンキーマジックオフィシャルサイト 

<メディア紹介>
・NHKハートネットTV放映
見えない壁に挑む ―フリークライマー・小林幸一郎―

・ダイバーシティマガジンcococolor掲載
視覚障害者といっしょにフリークライミング。見えてきたことは?


2014年10月19日日曜日

スポーツのチカラ。



スポーツの力なんて、今まで全く考えたことなかった。

小学校2年から高校卒業までサッカーをずっとやっていた。

サッカーだけをやっていた。

育った街が、浦和レッズのホームタウンの隣町だったから。

サッカーが盛んだったのかな。

夢中だった。

小学校のときは、

真っ暗になるまで小学校の校庭にひとりぼっちになるまで残って、

リフティングでハーフラインからゴールラインまで行けたら、、、

みたいなのを何度も何度も繰り返すような日々。

別に他にやることがなかったわけじゃないと思うけど、

なんだかサッカーに夢中だった。

サッカーというより、ボールと一緒に時間を過ごすことに夢中、、、みたいな。笑

・・・

と、まぁそんな話はおいといて、

別にスポーツの力とか意識したことなかったけど、

最近は、スポーツの力ってすごいなと思ってる。

スポーツの力、というより、スポーツが果たせる役割、みたいな。

・・・

自分との闘いだったり、

なんだろう、スポーツを入り口にして社会とつながる、みたいな。

”社会”っていうのがなんなのかはうまく説明できないんだけど、

スポーツを通して、知り合いが出来たり、友達ができたり、今まで出会わなかった人と出会えたり。

そんなこと、高校までサッカーをやってる時は意識してなかった。

自分がやるのでいっぱいいっぱいだったから。

(いや、今もいっぱいいっぱいだけど。)

でも、昔と違うのは、

スポーツの力ってまだまだあるんじゃないのかなっていうこと。

スポーツを入り口にして、

何かこう、なんていうの、課題?を解決するアプローチのひとつになったり。

うん、よくまとまんない。

でも、

何かこう、スポーツの力っていうか、役割っていうか、

もっともっとなんか、可能性があるんじゃないのかなって思う、今日このごろ。

・・・

ということで、ドリ大でそんなことも考える授業してみたいと思います。笑

視覚障害のフリークライマー世界チャンピオンの小林さんをお招きして。

自分が北海道に来るきっかけになった人の友達。

そんな小林さん。

ぜひ、11月9日(日)はクライミングを一緒に。。。笑

→ http://odori.univnet.jp/subjects/detail/222

こちらもぜひ。

・NHKハートネットTV放映
見えない壁に挑む ―フリークライマー・小林幸一郎―
http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/calendar/2014-10/06.html 

・ダイバーシティマガジンcococolor掲載
視覚障害者といっしょにフリークライミング。見えてきたことは?
http://cococolor.jp/944










2014年10月5日日曜日

とある日のアパートの1日。

朝、日本人の同居人とあって、

昼、新しくアパートに引っ越して来たチェコ人の方々にあって、

夜、中国とドイツのバックグラウンドを持つ男の子とあって、

ひとつのアパートに住んでいて色んな人と会える、話せるのは面白い。

・・・

夜、そのドイツ人の人と話してて、

オーストラリアの宿にいた頃に出会った(お客さんとして泊まりに来た)

18才ぐらい(当時)のドイツと日本のバックグラウンド(両親)を持つ男の子のことを

思い出した。

外見はまるで日本人だけど、

自分がそれまでに日本で会ってた日本人とは明らかに空気感とか

雰囲気とか違って。

別にいいわるいではないんだけど、

なんかとっても興味深くて。

18才だけど、自分の考えをしっかりもってて、

年的にはだいぶ上のオージー(オーストラリア人)と話してても、

堂々と自分の意見を持っていて。

・・・

生まれて育ったのがほとんどドイツで、

親の転勤かなにかの理由で、その時はニュージーランドにいて。

で、一人旅でその時はオーストラリアに来ていて。

・・・

オーストラリアにいた時、

とっても興味深かったのが、

色んな文化がまじりあってるってこと。

マレーシア人とインドネシア人の間に生まれたけど、

育ちはオーストラリアの人とか、

その宿に泊まりに来てくれた、

一見見た目は日本人だけど、

ドイツで育って、今はニュージーランドで暮らしてて、

英語ぺらぺらでどこか、日本人離れした雰囲気を持っていて。

・・・

でも、これがスタンダードなんだろうなって思った。

堂々とお互いの意見を出し合って、

それは年とか職業とか関係なくてフラットな関係で、

あぁあなたはそういう風に感じてるんだね、

私はこんな風に感じてるし、思ってる。

それは良い悪いじゃなくて、

まずはお互いの意見を聞いてみること。

それを楽しむこと。

そんな風なコミュニケーションの在り方っていいよなって、

そういえば、そのとき思ったっけ。









2014年10月3日金曜日

沖縄に「コザ」という街があって。

コザが好きで。

とっても。

沖縄のちょうど真ん中ぐらいに、

「コザ」っていう街があって。



沖縄と、アメリカと、日本と、その他色々が混じったような街。

色んな人達が集まってできた街。

そんなコザが好きで。

自分の大切な地域を大切にするということ




何年か前に、こんなことを書いたら、

コザの銀天街の青年部長から、

こんな返事を頂いた。

”若者のいない銀天街には、
君たちの協力は欠かせないものになっています。

いつも、本当にありがとう。

ブログに書いてあった
去年の君の涙に、僕は気づいてはいませんでした。

僕らの都合で
君たちに悲しい想いをさせてしまっていることに
たいへん申し訳ない気持ちでいっぱいです。

しかし、
商店街の厳しい現状をどうすればいいのか、
右往左往しているのが現実です。

目的と手段の乖離を感じながら、
それでも、目の前の問題にふりまわされて、
大きな方向性を見失ってしまいます。

何か、青春時代の心の動きに似ている感じがしますが、
もはや、あの頃の根拠のない自信など持てるはずもなく、
日々、年だけとっている自分自身を情けなく思います。

君が、
僕らと付き合って、
コザの人が好きだと言ってくれることを
うれしく思います。

僕は、世の中に「絶対」はないと思っています。

明と暗。

対極的なものの、大きな振幅の中で
コザの人は、上手に生きています。

まよい、とまどい、ゆれ、

そういった、一見、優柔不断に見えることに

コザの人は、魅力を見出せる人たちです。

いろんな価値観を
素直に人生に表現できることが、
コザの人のいいところです。

それが、僕の街づくりの原点です。”



そんな、コザが好きで。

ちょっと、寂しい気持ちになったり、

でも、まだまだちゃんと頑張ろうって思ったり。

とっても大好きな街です。

銀店街振興組合が解散 沖縄市の屋台骨、62年で

【沖縄】戦後、沖縄市の発展をけん引してきた「沖縄市銀天街商店街振興組合」が、30日付で解散した。既存の商店街の法人組織の解散は、日本復帰後の県内で初めて。顧客の減少による売り上げの激減、組合員数の減少など時代の流れには逆らえなかった。銀天街の前身となる「十字路市場」通り会の創立から数え、62年の長い歴史に幕を閉じた。












2014年9月21日日曜日

オンネトーの森。



北海道のちょいと東側にある、

「オンネトー」というきれいでとっても静かな湖に

この前行ってきた。

朝の8時ぐらいにオンネトーについて、

ちょいと展望台を目指して森の中へ。

あんまり人気ないし、

熊でないかな、こわいな、と思いながら森の中へ。

森の中は色んな彩で溢れてた。

とっても静かで、とっても気持ちよくて。


北海道に来てから、熊っていうのを埼玉にいたころや沖縄にいたころより、

身近に感じる。

札幌に住んでても街中に熊がでて射殺したりとか、

時々新聞やニュースで見る。

で、この前、何気なく、ネットを見てたらこんな記事を見つけた。


本当はもっと、人間と自然は近い距離にいたんだろうな、って

森の中を歩いて思った。